大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1902号 判決 1963年10月12日

第一審原告 原口哲馬 外二名

訴訟代理人 福田力之助 外一名

第一被告審 東京都教育委員会

訴訟代理人 山崎佐

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用中、第一、九〇二号事件の控訴費用は同事件の控訴人(第一審被告の負担とし、第一、九一二号事件の控訴費用は同事件の控訴人(第一審原告)原口哲馬、同中本市蔵の各負担とする。

事実

第一、九〇二号事件につき、控訴人(以下第一審被告という)代理人は、「原判決(中第一審被告敗訴の部分)を取り消す。被控訴人(以下第一審原告という)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、第一審原告代理人は控訴棄却の判決を求め、第一、九一二号事件につき、控訴人(以下第一審原告という)代理人は、「原判決中第一審原告らに関する部分を取り消す。被控訴人(以下第一審被告という)が第一審原告原口哲馬、同中本市蔵に対し昭和二十六年三月三十一日なした譴責処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決を求め、第一審被告代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は左記を附加し、かつ原判決十二枚目(記録第六九一丁)表六行目の「許可を得えた」を「許可を得た」に改め、同十四枚目(同第六九三丁)裏末行の「手持ち時間」を「手待時間」に改めるほか、原判決事実摘示と同一であるからそれをここに引用する。

第一審原告代理人において、

第一審原告ら公立学校教諭は、昭和二十四年一月十二日地方公務員とされてから爾後公立学校教諭にも労働基準法の適用があることは疑いがないが、同法第三十二条によれば、いわゆる八時間労働制の定めがあるので、他の法条によつて例外を定められない限り、公立学校教諭に対し本務以外に宿直を命ずることは同条に違反することが明白である。第一審被告は、宿直を命ずることが適法である理由として労働基準法(以下単に法という)第四十一条第三号と同法施行規則(以下単に規則という)第二十三条を挙げているがその不当であることはつぎのとおりである。

(一)まず、法第四十一条第三号についてみるに、

(1)同号は、監視又は断続的労働に従事する者で使用者が行政官庁の許可を受けた者については法第三十二条の労働時間に関する規定を適用しない旨を定めているが、ここにいう「監視又は断続的労働に従事する者」とは監視又は断続的労働を本来の業務とする者を指すことは文理上疑を容れる余地がないから、宿直のように、他に本来の業務のある者が、その業務以外に宿直として断続的労働に従事する場合の如きは法第四十一条第三号には該当しないのである。

(2)また、右法条に規定された断続的労働と規則第二十三条所定の宿直とはその実体においても相違する。両者はいずれも法第三十二条所定の八時間労働制の例外を定めたものである点においては同様であるが、その例外たる意味は全く異つている。すなわち、法第四十一条第三号の場合においては、形の上では八時間制の例外ではあるが、その労働密度は薄いから実労働としては八時間制の実質を破るとしてもその程度は甚だ少いので「行政官庁の許可」という要件を通じてこのような例外を認めたのであるが、規則第二十三条所定の宿直の場合は、本来の業務について八時間労働をした上になされるものなのであるから、それがいかに軽度のものであつても、形式的には勿論、実質的にも八時間労働制を破るものである。従つて両者は実体において同様であるとし、これを同一に取り扱うことは法第四十一条第三号の立法趣旨に照らして誤りであるといわねばならない。

(3)右のことは、規則第二十三条の規定の仕方からみても明らかである。すなわち、もし法第四十一条第三号が宿直の場合をも包含する規定であるとすれば、宿直について定めた規則第二十三条はその施行規則とみるべきものであるが、一般に施行規則はその授権の基礎となる法条を示して規定されるのが常であるのに、規則第二十三条にはその旨の規定がない。また、規則第二十三条は法第四十一条第三号に基いて設けられた規則第三十四条と異り、「許可を受けた場合は、法第三十二条の規定にかかわらず使用することができる。」と規定しているが、このことは規則第二十三条は法第四十一条第三号に基く規定ではなく、法第三十二条の例外を創設したものであることを示しているのである。なお、規則第二十三条の置かれた法文上の位置からみてもそれが法第四十一条第三号に基くものでないことが明白である。

要するに、法第四十一条第三号は、その立法趣旨、文理、形式のいずれからみても、本来の業務自体が断続的業務に従事する者に関する規定であつて、本来の業務を有する者が宿直として断続的業務に従事する場合について定めた規定ではない。

(二)つぎに、規則第二十三条をみるに、もし右規定が法第四十一条第三号の例外を定めたものとすれば、それは法の委任なくして法の適用を排除することを定めた命令であるから、法第三十二条、憲法第二十七条に違反し無効である。従つて規則第二十三条によつては公立学校教諭に宿直を命ずることは許されない。つまり、法第四十一条第三号によつても、規則第二十三条によつても、公立学校教諭に対しては宿直を命ずることはできないのである。

(三)義務教育費国庫負担法、市町村立学校職員給与負担法に宿直手当に関する規定があるが、これらは宿直が適法に行なわれた場合の手当に関する規定であつて、宿直を認める趣旨の規定ではないから、これらの規定があるからといつて公立学校の教職員については法第三十二条の例外を認めたものということはできない。

(四)公立学校においても、実際上宿直をさせる必要があるとしても、そのために法の解釈を枉げることは許されない。しかも宿直の実を挙げるためには、職員を交替制によつて夜間勤務をさせ、深夜業の割増賃金を支払うとか、法第三十六条に基いて労働協約又は協定を締結して時間外労働として割増賃金を支払うとか、あるいは断続的労働を本来の職務とする警備員を置き宿直をさせる方法をとることによつてその必要に応ずることができるから、たとえ右のように解釈したとしてもなんらの支障は生じないのであると述べ、

立証として、当審における第一審原告原口哲馬本人尋問の結果を援用し、

第一審被告代理人において、

第一審原告の右主張事実を否認する。法第四十一条第三号所定の「監視又は断続的労働に従事する者」にはかかる労働を本来の業務にしている者ばかりでなく、他に本来の業務のある者が、それ以外の労働として宿直をする場合まで包含するものと解するのが正当である。けだし、断続的労働に従事する者の中にはこれを本来の業務とする者と、他に本来の業務のある者が、その業務以外に附随的に断続的労働に従事する場合の二つがあることは世上顕著な事実であるから、法第四十一条第三号のように、ただ「断続的労働に従事する者」と規定してある場合には両者を包含する趣旨であると解するのが当然である。このことは病院における医師の宿直義務を定めた医療法第十六条の規定からみても明らかであつて、第一審原告の主張はなんら根拠のないものである。

また、規則第二十三条は法第四十一条第三号の施行規則たる性質をもつていることはその規定自体に照らして明白である。施行規則には、一々その授権の根拠たる法令の条文を挙げなければならないものではないから、規則第二十三条にその旨の記載がないからといつて法第四十一条第三号に基かない違法なものであるということはできない。なお、規則第二十三条の規定の法文上の位置も、それが労働時間に関する一般的規定として第二十二条の次に置かれているのであつて少しも不当なところはない。規則第二十三条は、法第四十一条第三号の規定する監視又は断続的労働のうち、宿直又は日直の勤務で断続的な性質を有する業務についての規定であり、規則第三十四条は、宿直又は日直に限らず、法第四十一条第三号所定の監視又は断続的労働の総べてに関するものであつて、両者の目的、性質、範囲は全く相違しているから、規則第三十四条のほかに第二十三条を設ける実益は存するのである。

要するに、第一審原告らには宿直をする義務があつたことが明白であるから、その義務のないことを前提とする第一審原告らの主張は失当である。と述べ、

立証として、当審における検証の結果を援用した。

理由

当裁判所の判決理由は、当審における主張につき左記のとおり附加するほか原判決理由(但し「手持時間」を「手待時間」に、「周倒」を「周到」に改める)と同一であるからそれをここに引用する。

労働基準法(以下単に法という)第四十一条第三号の「断続的労働に従事する者」とは断続的労働を本来の業務とする者のみを指称し、本来の業務の外に宿直として断続的労働に従事する者を包含しないものと文理上解釈しなければならないものとはいえない。また法第四十一条第三号が「監視又は断続的労働に従事する者」につき特則を設けた趣旨が、かかる労働を他の実労働と労働時間、休憩及び休日に関する規定の適用を同じくすることをもつて均衡を失するものとするに出ずることはこれを窺うに十分であるが、このことから直ちに、本来の業務の外に宿直としての断続的業務に従事する者が、右法第四十一条第三号の規定に該当しないものと断ずることはできない。従つて労働基準法施行規則(以下単に規則という)第二十三条が法第四十一条に基づくものと解することを妨げるものではない。規則第二十三条が法第四十一条の規定に基づくことを明示していないことによつてはもとより、規則第二十三条が定められている位置が労働時間に関する規定の部分におかれているといつて、右の解釈を左右するものではない。けだし右規則第二十三条は、本来の業務の外に宿直として断続的業務に従事する者につき、本来の業務が断続的である場合とは別異に取扱い、法第三十二条の適用の除外のみを定めるものであり、その関係上同じく法第四十一条の規定に基づく規則第三十四条と規定の位置を異にするものと解せられるからである。

第一審原告らは、本来の業務として断続的労働に従事する者につき規則第三十四条により許可があつた場合は、法第四十一条により労働時間、休憩及び休日に関する規定の適用が排斥されるに対し、本来の業務の外に宿直として断続的業務に従事する者につき規則第二十三条による許可があつた場合は、労働時間に関する規定の適用のみが除外されるものと解するときは、規則第二十三条は法第四十一条第三号の例外を定めたものに帰著し、法の委任なくして法の適用を排除することを定めた命令として法第三十二条、憲法第二十七条に違反し無効であると主張する。しかしながら、法第四十一条は同条各号の一に該当する労働者については法の定める労働時間、休憩及び休日に関する規定を適用しないことができる旨を定めたものと解するを相当とし、同条各号の一に該当する労働者について労働時間、休日に関する法所定の原則規定を適用することを敢て禁ずる趣旨ではないと解されるから、規則第二十三条が労働時間についてのみ法第三十二条の適用を除外する旨を定めたものと解するからといつて、同条が法第三十二条に違反しないのはもとより、憲法第二十七条に違反するものとはいい難い。第一審原告らの右主張は採用しない。

そうだとすると、第一審原告岡田国雄の本訴請求を認容し、同原口哲馬および同中本市蔵の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条に基いて本件各控訴はいずれもこれを棄却し、当審における訴訟費用の負担につき、同法第九十五条、第八十九条、第九十三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大場茂行 判事 町田健次 判事 下関忠義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例